サンタ・リタ(Santa Rita)周辺

大東亜戦争におけるグアム島の歴史
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サンタ・リタ(Santa Rita)周辺の戦跡一覧

M4中戦車(シャーマン)

グアム島中央部のアルトム山付近の丘陵地帯には、米軍の「M4中戦車(シャーマン)」が遺されている。

この車両の砲身は失われた状態となっている。

日本軍の「九五式軽戦車」(重量7.4t、全長4.30m)に比べると、「M4中戦車」は重量32.3t、砲身を含めると全長7.47mであり、印象としては「九五式軽戦車」を圧倒する大きさといった迫力がある。

この強力な戦車に対して、対戦車火器、弾薬に乏しかった日本軍は、兵士が爆雷を抱えて戦車の弱点であるキャタピラに飛び込む他に対抗する手段はなかった。

エンジンルームである。

構成部品の規格化により大量生産が可能であり、昭和20年(1945年)までに5万輌近くが生産された。

装甲も厚く、砲塔は防盾88.9mm、側面・後面63.5mm、車体は前面63.5mm、側面・後面38.1mmであった。
主砲口径は76.2mmであった。

付近には米軍装甲車の残骸がある。型式等は不明であるが、転輪の形状から「LVT」と思われる。

これらの車両は撃破されたものではなく、戦後に廃棄されたものである。

「M4中戦車(シャーマン)」の歩き方
島中央部のアルトム山付近の丘陵地帯にある。

「アデラップ岬」で1号線から6号線を南に行くと右手に「アサン展望台ポイント」がある。

「アサン展望台ポイント」からさらに400mほどいったところのT字路を左折する。200mほどで突き当たりに出るので、ここを右折する。細く曲がりくねった道を3kmほど進むと、民家が右手に見えてくるので、この民家の少し手前の左手の砂利道に入る。

砂利道を100mほど行くと左手にウォータータンクがある。このウォータータンクの前の赤茶けた起伏の激しい道から丘陵地帯に入っていくことができる。ここから戦車までは起伏の激しい泥道を約4km、成人男性の足で片道40分程度である。

戦車の位置としては西側のレオパレスリゾートの敷地内からの方が近いようであるが、ホテルに宿泊してない人が敷地内に入れるのかどうかも含めて、こちらからのアプローチは詳細不明である。
ウォータータンクの前の赤茶けた起伏の激しい道を南に進む。

このあたりは現地住民の四駆のコースとなっているようである。普通車ではこのタンクのところまでしか行けないので、ここからは歩くことになる。

道は分岐したり合流したりしている。左手にはシグワ川の峡谷を挟んでアルトム山の鉄塔が見えている。10分ほど歩くと、右手に岩石がボツボツとむき出しになった小山が見えてくるので、このあたりから左手(東)に向かう。

先ほどの岩石がむき出しになった小山から東へ15分ほどで、白い岩肌がむき出しになった斜面を通る。

白い岩肌がむき出しになった斜面あたりから、遠くにレオパレスリゾートの建物が見えてくる。(左写真中央やや左の赤い屋根に白い壁面の建物群)

右写真は地図の「撮影地点」というポイントからレオパレスリゾート方面を向いて撮影したものである。ここまでくればあと10分ほど。

このあたりから比較的平坦な土地となっており、この写真のレオパレスリゾートの手前、左側の赤茶けた土がむき出しになっているあたりに「M4中戦車」がある。なお、「戦車」のすぐ北側はシグワ川の深い峡谷となっている。

T.STELL NEWMAN VISITOR CENTER

「オロテ半島」の付け根のあたりに「T.STELL NEWMAN VISITOR CENTER」がある。

館内には展示のほか、太平洋戦線関連の本(英語)を扱う本屋がある。

博物館正面には日本海軍の「特殊潜航艇」が展示されている。

館内は昭和16年(1941年)以前の米軍の装備品の展示が中心となっている。

米軍グアム島守備隊の制服である。

展示内容詳細
・特殊潜航艇
・館内展示

「T.STELL NEWMAN VISITOR CENTER」の展示内容
特殊潜航艇博物館の前には、グアム島南東部のタロフォフォ湾付近で発見された「特殊潜航艇」が屋外展示されている。実戦投入された有名な例としては真珠湾攻撃やオーストラリアのシドニー港攻撃が挙げられる。説明板には「後に製造されたモデルは、敵艦への体...

「T.STELL NEWMAN VISITOR CENTER」の歩き方
T.STELL NEWMAN VISITOR CENTERタモン地区から1号線を南西へ。

1号線は「オロテ半島」で海軍ゲートに突き当たる。
海軍ゲートの少し手前に2A号線との交差点(信号機あり)がある。
この交差点の100mほど手前の右手側に「T.STELL NEWMAN VISITOR CENTER」がある。

入場料:無料
休館日:なし。ただし祝日に休館することあり。
開館時間:09:00-16:30
(2010年現在)

HP
http://www.nps.gov/wapa/tstellnewmanvc.htm

オロテ半島

「表半島(オロテ半島)」には大東亜戦争当時、日本軍の飛行場があった。しかしながら、昭和19年(1944年)7月21日の米軍上陸前に航空機は全て破壊されていた。「オロテ半島」は 「アサン湾(アサンビーチ)」と「アガット湾(アガットビーチ)」に上陸した米軍によって半島の付け根を押さえられて分断された。守備隊は米軍上陸の1週間後の7月27日に玉砕した。

天候が良ければ、グアム国際空港へ向かう飛行機の右手側に「オロテ半島」を見ることができる。「オロテ半島」と手前のカブラス島に囲まれたところはアプラ港である。

現在は「オロテ半島」は軍用地となっており、今も米海軍の飛行場として使用されている。半島内には米軍戦闘機「F4Uコルセア」日本軍の「四十五口径十年式十二糎高角砲」などの日米の重火器類・トーチカ・日米の建造物が遺されているが、一般人は立ち入ることはできない。

基地入口付近には米海軍が冷戦時代に配備し、1980年代に退役したポラリスミサイルが置かれている。ポラリスとは潜水艦発射弾道ミサイルであり、核弾頭を搭載していた。

「オロテ半島 」の歩き方
タモン地区から1号線を南西へ。

1号線は「オロテ半島」で海軍ゲートに突き当たる。
上記写真が海軍ゲートである。

「オロテ半島」北側はアプラ港となっており、その北側の小さな半島も海軍基地の敷地となっている。
上の左写真の海軍ゲートの5kmほど手前の18号線を右折(西へ)したところにも海軍ゲートがある。
ポラリスロケットはこちらの海軍ゲート手前にある。

大東亜戦争遺跡
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