戦争全史

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連合軍の反撃

(昭和18年2月~昭和19年2月)ソロモン諸島ガダルカナル島の攻防戦は半年間に渡り、昭和18年2月初旬、日本軍はガダルカナル島から撤退した。これを契機として、連合軍は南太平洋方面(ソロモン諸島・東部ニューギニア)に於ける反攻作戦(「カートホ...
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ガダルカナル島攻防戦

(昭和17年7月~昭和18年2月)背景「ミッドウェー海戦」の1ヵ月後、昭和17年7月6日、日本軍の設営隊がソロモン諸島ガダルカナル島に上陸、ジャングルを切り開いて飛行場建設を開始した。日本軍は「ミッドウェー海戦」で正規空母4隻を失ったが、第...
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「バリ島沖海戦」

(昭和17年2月19日夜半~20日未明)南方作戦昭和16年12月8日、大東亜戦争開戦と共に日本軍の「南方作戦」が開始された。「南方作戦」は順調に推移し、昭和17年2月初旬までには、英領マレー半島・シンガポールと米領フィリピン諸島の要地は既に...
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シンガポール攻略

(昭和17年2月9日~15日)シンガポールへの道(昭和16年12月8日~昭和17年1月31日)昭和16年12月8日深夜、大東亜戦争開戦に伴い、日本軍がコタバル(英領マレー)、シンゴラ・パタニ(タイ)に上陸する。マレー半島に上陸した日本軍には...
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マレー半島攻略

(昭和16年12月8日~昭和17年2月15日)日本軍の参加兵力第二五軍軍司令官山下奉文中将陸軍  第二五軍:軍司令官(山下奉文中将)     第五師団:師団長(松井太久郎中将)      歩兵第十一連隊・歩兵第四一連隊      歩兵第二一...
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南方作戦

(昭和16年12月8日~昭和17年5月)南方資源地帯大東亜戦争の開戦理由のひとつは「南方の資源(特に石油)を確保し、長期自給の体制を確立する」という目的を達成する為であった。当時欧米各国の植民地であった東南アジアは天然資源の宝庫であり、特に...
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ミッドウェイ海戦

ミッドウェイ作戦・アリューシャン作戦:昭和17年6月作戦構想南方作戦を終了した日本軍は南方資源地帯を支配下に置き、当初の目的を一応達成した。しかし、これ以後の作戦方針は定められていなかった。ここで以後の作戦方針に関して日本軍内部で陸海軍に意...
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ハワイ空襲(開戦劈頭に於ける海軍作戦)

ハワイ作戦(真珠湾攻撃):昭和16年(1941年)12月8日作戦構想米国領ハワイ諸島オアフ島真珠湾には明治41年以降米海基地が建設され、同基地を母港とする米海軍太平洋艦隊は日本にとって大きな脅威であった。明治時代以降日本海軍の仮想敵国は米国...
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サイパン島の玉砕

(昭和19年6月15日~7月9日)サイパン島の日本軍守備兵力と米軍の侵攻兵力陸軍  25469名第三一軍:参謀長(井桁敬治少将)第八方面軍:参謀副長(公平匡武少将)第四三師団:師団長(斎藤義次中将):参謀長(鈴木卓爾大佐) 歩兵第百十八連隊...
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『あ』号作戦(マリアナ沖海戦)

(昭和19年3月1日~6月20日)『あ』号作戦の背景昭和19年3月、東ではギルバート諸島・マーシャル諸島が米軍の手に落ち、南でもソロモン諸島を制圧した米軍はニューギニア北岸沿いに西進していた。既にラバウルが孤立し、内南洋最大の日本海軍根拠地...